麗香の部屋

女子プロレスラー麗香(初代グラマーエンジェルス・新宿二丁目R&Bの女将)が日々の出来事を書き綴りまーす☆

カテゴリ: 麗香復活物語

五年前の今日…

12月22日の夜日に日々悪くなる体調の中、それでも痛み止めを飲むと頭痛は治まるので、準備をして出勤

数週間のうちに左半身の自由が徐々に利かなくなってきていて、靴下や下着が履きにくい

きちんと着たつもりのシャツもボタンを掛け違えていたり…(本人は気付かず)

出勤途中の自転車の運転を誤って植え込みに突っ込んだり

葉千子を始め周りの人も自宅にて休むように勧めるも、年末の忙しい時に女将が休んでる場合じゃ無いわと強硬に出勤を続けるあたし

しかしあの夜

そんなあたしの顔色を見て血相を変えて、すぐに家に連れて帰らなきゃダメだろって語気を荒げたお客様がいた

それが杉浦貴選手

顔にも、もう麻痺が出ていたんだとかそれを見た彼は、何でこんな状態で仕事してるのかと…

多少お酒も入って足許も覚束ず一人では帰れない状況だったから彼が自宅まで送ってくれることに

急いで出た彼は店に上着を忘れてきて、タンクトップ一枚の格好で左手にあたしの荷物(リュック)を持って、右手であたしを抱きかかえるような形で二丁目の仲通りを歩く

それを見た二丁目のオネエ達は「ヒューヒュー、お熱いわぁ」って…

どうもタンクトップのマッチョ兄貴が年上のおじさんを酔わせてお持ち帰りに成功したのと間違えたらしい

こんな状況なのに笑わせてくれるわ

そして徒歩2〜3分の自宅マンションの部屋の扉の前まで送ってもらいました

そんな事があって、あたしの状況を葉千子が会社側に報告、急遽24日に精密検査を受ける手配がされたの(23日は祝日だから応急処置しか出来ないから)

あの日杉浦選手があたしに気付いて、無理やり連れて帰ってくれなかったら…どうなっていたか

だから、彼はあたしの命の恩人なんです

あれから五年かぁ早いような遠い昔のような…

翌23日は一日自宅で寝ていたようなんだけど、記憶が曖昧で次の24日にはもっと容体が悪化していて…

会社が手配してくれていた病院までに辿り着けず、出来るだけ近くの病院にって事で飛び込みで入って(結果としてそれが良かったんだけど)

…とまだまだ波乱や奇跡的な話は続くんだけど、それはまた別の機会に


まぁ、そんな事を思い出した2009年の12月22日の昼下がりでした

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メールで送られてきた画像に勇気づけられて、青コーナーの扉の前に立つ。もともと緊張する方では無かったけれど、この日は特に無心になれた。

やるだけやってやろう。その時、数週間あたしを悩ませてた頭痛は消えていた。

2004年10月31日後楽園ホール
立野記代・GAMI組VS麗香・葉千子(グラマーエンジェルス)
今のところ試合にクレジットされた、あたしの最後の試合。

ハロウィンと言う事でお菓子をばらまきながら入場。すると敵はハムスターの着ぐるみを着て出てきて、一瞬やられたって思った。

あたし達に投げ込まれる千本単位の紙テープ、コールを受ける時はキューティー鈴木直伝の両手をあげるポーズ。やっだー完璧☆

試合展開は、今でも鮮明に覚えてる。

いきなり二人でラリアットで突っ込むも、すぐに反撃されGAMI選手の619を顔面に食らったり、キス攻撃にお互いがオエー!

その後、連係も上手く決めて目まぐるしい展開。葉千子が記さんにロメロスペシャルで上げられた時はホントビックリ。

その後、水平投げで攻めたり、覚え立てのドロップキック三連発を決めフォールに行った時、右乳首がコスチュームからはみ出してて…

レフリーのトミーさんに『麗香、乳首!麗香、乳首!』って反則をしてるかのような注意された。(まぁ、ある意味反則ですけど)得意技の麗香ファンタジーは葉千子が誤爆で突っ込んできて出せずじまい。

最後は二人であみ出したグラマージャンクションというダブルの固め技を仕掛けてる時に、残った記さんに乗られてダブルフォール負け。

作戦ミスで負けたと思ってたから、控え室に戻ってからは悔しかったなぁ。二人で反省もしたっけ。まだ、試合で興奮してたから頭痛の事とかすっかり忘れてた。

でも落ち着くと、無事に終わったんだぁって喜びが湧いてきた。

そして…
あたしの頭痛を唯一知っている人に報告する為に控え室を出て電波の届く場所へ。

『試合無事終わったよ♪』
「良かった!」
声を聞いたらホッとして、何だか泣きそうになった。


風間ルミ「Orage」的ブログ♪

女子プロレスラー葉千子の「赤裸々日記☆夢物語」

El diario de Gami Libre.

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そしてその日を境に、受け身を取ったりくしゃみをすると頭に響く事に気付く。ただ、普通の生活をしてる時は特に痛みも感じない状況だった。

会社の先輩達に相談すると心配されると思い、同業者の友達が多いあたしは、信頼の出来る一人の人に相談する。

『きっと、練習中に受け身の失敗で頭打っちゃったからなんだと思うけど、ここのところ頭痛がするんだぁ』

と、その人は
「頭部の事だからいい加減な事は言えないけど…自分もそういうのあるよ。でも数日経つと治っちゃってたりするんで、大丈夫」

『そっかー、良かった』
それを聞いて安心したあたしは、また10月31日の試合に向け毎日の道場通い。日に日に痛くなって行く頭部にめげず、練習に打ちこんだ。

試合を数日後に控えたある日、自分がドロップキックをして受け身を取った時にさえ激しい痛みを感じうずくまるあたし。心配してかけよる先輩達に

『すいません、受け身失敗しておなか打っちゃったみたい』
ってごまかした。

だって、今、頭が痛いなんてばれたら、病院行きなさいって絶対言われるし、もし検査で何かあったら、試合に出してもらえなくなるでしょ!

あと数日の我慢だわって思いながらも、徐々に
『試合が終わったら病院でちゃんと検査しよう』
とも思うようにもなってた。
自分の事は自分が一番よくわかる。日々悪化していく痛みに、明らかに尋常では無い事を悟っていた。

『試合中に頭が痛くなりませんように、無事に試合が終わりますように』
毎日心の中で呪文のように繰り返してた。

迎えた試合当日の10月31日、試合開始直前で不安なあたし。普段電波の悪いはずの後楽園ホールの控え室で、あたしの携帯が鳴る!

それは唯一、あたしが頭が痛いのを知っている、あの信頼の出来る一人の人からの題名も本文も無いメール

ただ、そこにはあたしが元気になるような写メが添えられていた。

2004年

8月8日のデビュー戦を無事に終えて、ホッとするのも束の間、次の試合に向けてまた厳しい練習が再会した。

受け身の練習よりも攻撃の練習の方が好きな私も、不得意な所を克服する為、熱のこもった練習をしたのを覚えてる。

悔しかった。

私は葉千子よりもバックの受け身が下手だったのである。下手なまま試合をすれば、頭を打ってしまう可能性がある。

自分自身の身体の為にも、下手で悔しい思いを克服する為にも練習しかなかった。

ある日の早い時間、先輩が何人か教えに来てくれてた。何回も何回も、色んな種類のバックの受け身を教えてもらった。あ、何だか掴めてきた。実感だった!

ただその日は、やり過ぎて最後の方は身体が少し嫌がってたらしい
(本人はやる気満々だったのに)

それを見た遠藤さん(私達のコーチ)が今日はこの辺にしておきましょう。そう言われた時には、時計はすでに七時を指していた。

『ありがとうございました、お疲れさまでした』

先輩達に挨拶をして、片づけをして、リングを降りたその時…

あれ、何だか頭がぼーっとする(つづく)

かねてからお伝えしていた通り、私自身の九死に一生をえた体験、一昨年12月慢性硬膜下血腫に倒れ、緊急手術の後、復活するまでを書き綴る、不定期連載『麗香復活物語』を本日よりリリースしようと思っております。

しかし以前、そのサブタイトルを公募しまして、沢山の皆様にご応募頂いたのですが、どれも甲乙つけがたく、一つに絞る事が出来ませんでした。ということで、サブタイトル無しで書き始めさせて頂きたいと思います。大変申し訳ありませんでした。

先程一年以上振りに入院日記を引き出しから出して、眺めていたところです。

何話に渡るか分かりませんが、思い出しつつ色んなエピソードを書いて参りますので、皆さんお楽しみに!

前に予告していた通り…
一昨年あたしが体験した『慢性硬膜下血腫』からの奇跡の生還についてそろそろ不定期連載で書き始めようと思っているんですが如何せんタイトルが決まって無いので、どうしようかと悩んでおりました

が、閃きましたこのblogで題名を大々的に募集しちゃいま少しクサイくらいのものからカッコいいものまで、何でもですドシドシ応募して下さいね(^_-) コメント欄に宜しくです

採用者の方には今年のLLPWのカレンダー(画像参照)にグラマーエンジェルスのサインを入れてプレゼント(ってまだ葉千子には了解とって無いけど)しまーす

締切は今週いっぱいにしようかなでは、皆さんお待ちしてまーす
calender

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